■ 境界線を引くための「名前」
私は、物語の対象や世界観に合わせて、三つの名前を使い分けています。
- 虹色万華鏡: 国内向け。大人の「欲」と「建前」の狭間に潜む、湿った人間模様を綴る名義。
- nijiiro: 海外(英語版)向け。人の静かな狂気を、世界へ輸出するための名義。
- にじいろ: 児童書向け。活字の世界への「入り口」を作るためのガイド。
これらは単なる使い分けではありません。読者が私の世界に足を踏み入れる際、どの扉を開けるべきかを迷わないための、私なりの誠実さ(建前)です。
■ 悪趣味の裏側にある切実な願い
私はよく「人間観察が悪趣味な趣味だ」と自嘲気味に語ります。剥き出しの欲求や、隠しきれない醜さ。それらを眺めることに心を動かされるのは事実です。
しかし、その「悪趣味」の裏側には、もう一つの切実な想いがあります。 それは、「活字を奪い返したい」という願いです。
■ 活字という「遊び場」を子供たちへ
現代の子供たちは、急速に活字から離れつつあります。しかし、物語を読み、自ら想像し、選択する体験は、動画を眺めるだけでは得られない「脳の奥を揺さぶる快感」があるはずです。
児童書名義『にじいろ』として、私がゲームブックという形式にこだわるのは、読書を「受動的な学習」から「能動的な遊び」に変えるためです。
楽しいから、読む。 ドキドキするから、次のページをめくる。
活字を身近に感じ、物語の中で「自分ならどうするか」を必死に考える体験。それこそが、この不確かな時代を生き抜くための、最も強力な武器になると信じています。
■ 最後に
大人の狂気を眺める冷徹な目も。 子供たちに物語の楽しさを伝える真摯な手も。
そのすべてが、私という一本の糸で繋がっています。 万華鏡を回すたびに色が変わるように、私の綴る言葉が、あなたの世界に一筋の影、あるいは光を落とすことができれば。
それ以上の「欲」はありません。